人の目を恐れない

人の目を気にしすぎる人

皆さんは人の目を気にするほうですか?それともあまり気にしないタイプでしょうか?人間関係では、人の目を気にすることは大切ですが、気にし過ぎてしまうと疲れてしまいます。人の目を恐れず、自分の思っていることを伝えられるようになれたら良いですよね。

大胆に話すペテロとヨハネ

使徒の働き4章では、ペテロとヨハネが、人の目を恐れずにイエスキリストのことを伝えているシーンが描かれています。宗教指導者たちに『イエスのことをこれ以上伝えるな!』と脅されるのですが、『神様に従うより、あなたたちに従うほうが良いとでも思っているのですか??』と応え、イエスキリストの福音を述べ伝えているのです。なぜ彼らは、人の目を恐ることなく、これほど大胆に語ることができたのでしょうか?もともと勇敢な人だった?いいえ、ペテロは十字架にかかるイエスを前に、イエスなんか知らないと言って逃げた男です。それとも、もともと空気の読めない人だったのでしょうか(苦笑)?答えは、彼らが聖霊に満たされていたからです。聖霊に満たされるとは、神様の愛に心が満たされているということです。

人を恐れると罠に掛かる

私たちの生活の中で、人の目を気にしすぎて疲れてしまうことはないでしょうか?上司と接している時、部下と接している時、もしくは夫や妻との関係の中など、様々な場面で人の目を気にしすぎてしまうことがあると思います。気にすることは大切、でも、気にしすぎてしまうのは問題です。聖書の中に、このような言葉があります。『人を恐れると罠にかかる。 しかし、主に信頼する者は高い所にかくまわれる。』(箴言29:25) あの人の目、この人の目、その人の目、、、周りに色々な目が増えてくると、罠にかかったように身動きが取れなくなってしまいます。でも、神様に信頼する時、つまり神様の目を一番に気にする時に、そのような恐れから解放されていくのです。では、神様は私たちをどのように見ているのでしょうか?

愛は恐れを締め出す

私たちはみな不完全です。他人が指摘するような欠点や失敗も、確かにあるでしょう。しかし神様は、そのような私たちの欠点や失敗にもかかわらず、私たちを愛してくださる方です。罪に汚れた私たちを命がけで救い出してくださった救い主です。もし私たちがその大きな愛に包まれるなら、小さな批判を恐れる必要はなくなるのです。『全き愛は恐れを締め出す(第一ヨハネ4:18)』からです。もし、人の目を気にしすぎて疲れているなと感じるなら、神様の愛に目を留めましょう。そして神様の愛によって、私たちの心を人の目から解放していただきましょう。

Q. あなたは人の目を気にしすぎる方ですか?それともあまり気にならない方ですか?
Q. どうしたら人の目を恐れず、バランスよく自分の意見を言うことができるようになると思いますか?

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